レーシックの歴史を知ろう

屈折矯正手術の歴史は130年以上

このエントリーをはてなブックマークに追加

進化を遂げたレーシック手術


近年のレーザーメスを用いたレーシックの歴史は20年余りですが、角膜を切開する屈折矯正手術は130年以上の歴史があります。眼球は網膜に像を浮かび上がらせるためのレンズであり、このレンズに凹凸をつけて屈折率を変え、近視を矯正するという考え方は1869年には既にありました。しかし、施術法を確立するには至りませんでした。

その後、1939年に順天堂大学の佐藤教授が世界で初めて角膜切開による近視矯正手術に挑戦し、見事に視力を回復させることに成功しました。しかし、術後しばらく経ってから手術を受けた患者の角膜が濁ってしまう副作用が出たため、残念ながら佐藤教授が考案した手術法は広がりませんでした。

それから時は流れ、1972年に旧ソ連のFyodorov氏が新しい手術法を開発します。角膜を切開するという点は佐藤教授と同じですが、角膜を切る量を最小限に抑えるRK(Radical Keratotomy)という方法を採用しました。その結果、術後に角膜が濁ってしまう副作用は出なかったのですが、視力の回復に大きな個人差が出てしまったため、この方法も広がりませんでした。

エキシマレーザーを用いた屈折矯正手術


1988年に入り近視矯正手術に成功の兆しが見えてきました。アメリカのMcDonald氏がPRK(Photorefractive Keratectomy)という手術法を開発しました。これまで行われてきたメスで角膜を切除する手術違い、レーザーを用いて角膜を切除することで、より細かな単位で角膜を切除することができるようになりました。この技術が後のレーシックへと発展します。

レーシックの誕生


1990年にギリシャのPallikaris氏がレーシックの手術法を確立します。当時最先端の技術であったエキシマレーザーと呼ばれるレーザーを使うことで、角膜を削る制度が格段に高くなりました。

さらに削った角膜上にフラップを設置することで、水晶体の屈折率が自由に調整できるようにようになり、近視矯正が手術で改善できることが認められるようになりました。そして、1995年にエキシマレーザーがアメリカのFDAに認可され、同国でレーシックは爆発的に広がりました。

日本でのレーシック


日本では2000年になり、ようやく厚生労働省からレーシック手術が認可されました。しかし、当時の日本では眼を切開して視力を回復させるという考え方が定着せず、レーシック手術はなかなか広がりませんでした。そんな中、一部のスポーツ選手がレーシック手術に注目するようになりました。

競技を行う上でメガネやコンタクトレンズの利用が不利に働くこともあり、有名スポーツ選手がレーシック手術を受けるようになりました。これがキッカケで日本国内でレーシックは爆発的に広がっていきました。現在では、日本国内だけで年間10万人以上の人がレーシック手術を受けています。

レーシック医院の人気ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加


 
レーシック費用の比較 品川近視クリニック 新宿近視クリニック 神戸神奈川アイクリニック